AYさんの体験記
これはおかしいぞ。コロナになったかもしれない。
3月28日の朝、いつものように起きたはずの私が、最初に感じたことだった。
熱がありそう、慣れないだるさがある―――
熱を計ると37.2度。
生理まではあと2週間ある。この微熱は高温期のものじゃない。
あれから5カ月。
今はようやく、本当にようやく3月以前とほぼ同様の体調になった。
私の中では最初の微熱から各症状があった時期を「感染期」、その後症状がなくなった「回復期」、感染期とは異なる新たな症状の発生時期を「後遺症期」と位置付けており、各時期を時系列に沿って伝えたい。
感染期:3月28日~4月下旬
常に37度前半などが続く。
38度を超えることは無く、最高でも37.6度。
咳は無し。とにかくだるい。起きていられない。
会社も10日近く休んだだろうか。
私の勤める会社は、手当の1つに「皆勤手当て」なるものが毎月あり、なかなかありがたい金額なのだ。これを死守するために多少の体調不良でも出勤し、ここ数年休んだことがないのにしかも在宅勤務中であるのに欠勤した。
というかせざるを得なかった。
4月上旬は食欲が全く無く、何も食べない日々を何日か過ごし、あっという間に5キロ痩せた。
コロナの特徴的な症状と言われる、「味覚を感じない」症状はなかったものの、「味覚の変化」はあった。
以前は好んでいた、味の濃いものや辛い物、甘い物などは食べたいと思わなくなった。
大好きなアイスもチョコレートも欲しくなく、フルーツやトマトなど、さっぱりしたシンプルな味のものを好むようになったことは意外だった。
気持ち悪かったのは、体の中をゾクゾクと駆け巡る血の感覚。
心臓から「今出た」と気づく。一瞬で両手や両足に届くそれは、冷たい血が心臓から体に解き放たれると表現するべきか…あの感覚は初めてで、今でも忘れられない。
初めての症状は他にもあった。
夜には時々、息苦しいと感じることがあり、「息をするのって難しい」とさえ思った。
そうだ、この感覚、前にもあったな、初めてのスキューバダイビングをグアムで体験した時だ。ボンベを付けて海中で呼吸することに慣れずに、苦労したあの時だ。
―――少し酸素を取り入れやすいような気がして、カーテンと窓を開け、頭をベランダに出して息をした。
ウトウトしかけたときにふと脳裏によぎる。
このまま、寝ちゃって、そのまま目覚めなかったらどうしよう、と。
さらに別な症状として、冷え性とは無縁だった私の両手足がやけに冷たくなった。
触れると、氷ででも冷やしていた後のようだった。
自宅で靴下、ましてやスリッパを履くなんて考えられなかったのに、もこもこのそれはそれは暖かそうなスリッパを買い、靴下と共に愛用した。
コロナを疑い、帰国者相談センターに何度も電話をしたものの、濃厚接触者ではないことからPCR検査には至らない。
近所の胃腸科内科に行き、すごく気のいい医師と看護師の方々にお世話になった。
血液検査では240までが基準のLDHが350を超えたことに驚いた。
コロナでLDHが上昇する人がいると感染症学会の資料やいくつかのサイトに書いてあるのを発見し、やはり私はコロナだと強く思った。
逆に、コロナ以外だと白血病や心筋梗塞、心不全などで上がる数値らしく、これらの病気よりはコロナであってくれ、とすら。
1ヶ月後には170くらいだったか、基準値内の数値に戻っていて、とにかくほっとしたことを覚えている。
ちなみに、その後厚生労働省が発行する「診療の手引き」にLDHの上昇はコロナの重症化になりうることが掲載された。
回復期:4月下旬~7月中旬
症状は徐々に消え、最初のあの日から1ヶ月もすると残る症状は微熱のみとなった。
体調に違和感がなかった頃と比べると常に0.5~1.0度ほど熱の高い状態が続き、これがなかなか戻らなかったが、自覚症状はさほどなく生活に影響がなかったので、いずれ気にしなくなっていた。
梅雨に入るころには在宅勤務も終わり、以前のようにオフィスに通勤し、特に不自由のない生活を送っていた。
後遺症期:7月中旬~8月中旬
歩くと左の足の裏が痛い―――
仕事が終わるのが遅くなり、家路を急いでいた7月14日の22時頃。
痛みは突然やってきた。
次の日には治るかな?と思ったものの、翌日は朝から痛みがある。
数日で治るかな?1週間程度で治るかな?
その日を迎える度にかなわなかったことを知る。
1歩足を踏み出すと痛いのだ。
最初は指の付け根が痛かったが、土踏まずも指も徐々に痛くなった。
靴下を小さくおりたたみ、土踏まずのあたりにセットし、その上から別な靴下を履く。
そうすることで痛みが和らぐ気がし、オリジナルの痛み緩和法が少しの気休めにはなった。
その後症状は悪化した。
手も痛くなった。起きると痛む。
昼食を作るためにニンジンを切ろうとした時は、痛みで包丁を持った手に力を入れることができず、結局切ることができなかった。
このことはとにかくショックだった。
これまで当たり前にできていたことが、この先ももうできなくなってしまうのではないか、と悲しくなった。
時間が経つと痛みが消えることもあるが、また出てくることもある。
手が痛い。
部屋の中でも歩くのがつらい。
病院に行きたくも休日はやっていない。
痛みのピークだった7月の4連休は、「早く休みが終わってくれ、病院に行きたい」と考えてばかりいた。
微熱ももちろん続いている。
抜け毛も増えた。
待ちに待った平日となり、リウマチ科を受診した。整形外科、血管外科、内科も受診した。
膠原病の検査もCTも結果は異常無し。
どこかに必ず原因があるはず、そう思っても検査の結果ではどれも異常は出なかった。
本当ならうれしいはずの結果なのに、じゃあこの痛みは何だろうという疑問と痛みが残った。湿布や痛み止めをもらい、その時々の痛みに対処しながら過ごした。
「おいしいお店だったね」
以前より行きたいと思っていた神楽坂の串揚げのお店に行った帰り道、夫との会話だ。
つい先週9月4日のことだ。
微熱も手足の痛みも気になる症状はほとんど消えている。
ただ…怖いのは、また症状が出る期間がやってくること。
この何も症状が無い日がずっと続く保証がないこと。
あれ?足がなんだか痛いぞ―――

コメント