PICO的考察 #016 未検査後遺症の推察
10月になりました。
そろそろ紅葉でしょうか。
長い人だと闘病10ヶ月を超えた微熱組です。
都内感染者は100弱〜250程度を推移しているでしょうか。
重症者も25前後で大きな変化はないようで横這いな印象です。
3月、私は症状が出ました。
微熱組の中では1月末や2月の方も多いです。
当時、発熱者は全て保健所に設置された帰国者接触者センターへ連絡し、「37.5度以上が4日間」「高齢者や持病のある方は2日間」「強い息苦しさや倦怠感」「海外渡航者、帰国者」「陽性者との濃厚接触で有症状者」のみが検査につながるという高いハードルがありました。
指定感染症のため、たとえ病院勤務でも保健所へ検査の届出をしなければ受けられないシステムです。
また検査は、保健所職員が行うという事で、クラスター潰しのために全てを保健所が担っていた時です。
医療機関に勤めていた私は、保健所へ電話しましたが繋がらず…
50回はかけたでしょうか。それだけでも、保健所への問い合わせが殺到していた事が伺えます。
そのくらい、症状を訴えていた方が多かったということです。
現在ですらこの数です。
当時はもっと沢山いたでしょう…
その頃、都内病院で大規模クラスターが発生しました。
急激に悪化して亡くなっていく方が多く出て、メディアの影響もあり一部「死の病」かのような報道があった一方で、「ほとんどはイルフルエンザより軽い風邪」という医師も出てきて混乱していました。
それぞれ生活の中で「自分は感染したのではないか」と悶々と考えながら、日々体調不良の中で暮らしました。
いつになったら誰かに感染させる恐れは無くなるのか?
仕事に行っても大丈夫なのか?
自分は本当にコロナなのか?
当時言われていた定型的な症状を有さず、中途半端な微熱や強い倦怠感、下痢など多岐に渡り、病院で相手にされなかった方も多数。
自分達は疑っていても、医師は相手にしてくれませんでした。その中でも、一部精査に繋がっている人もいますが、時間が経過したのちのPCR検査には何の意味もありません。
中には抗体検査まで受けた方もいますが、短期間で抗体は消失してしまう感染症に、当時抗体検査が出来る病院はごく少数で限られていました。
多くの方が未検査のため、どこで症状を訴えてもコロナの「コ」の字も出てこず、こちらから切り出せば「何言ってるの?」くらいな扱いを受け、それが続き心折れ、精神的に追い詰められていく方が多い様に思います。
……つづく
written by PICO
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